「男の子の方が理系に向いている」は本当? 研究論文を読んで分かったこと

「男の子の方が理系に向いている」は本当? 研究論文を読んで分かったこと

「理系は男の子の方が向いている」

女子枠について記事を書いてから、この言葉をよく目にするようになりました。

確かに、数学オリンピックや物理オリンピック、情報オリンピックなど、理系分野のトップレベルを競う大会では男子が圧倒的に多いです。

東京大学理系へ入学した娘からも、「女子は1割」と聞いています。

私自身も、「やっぱり男性の方が理系に向いているのかな」と思ったことがありました。

しかし、その考え方は研究ではどのように報告されているのでしょうか。

そこで今回は、心理学・教育学・経済学の研究論文や、OECDなどの国際機関の報告書を読みながら、「男性の方が理系に向いている」という考え方について調べてみました。

目次

男女の平均的な数学力には、ほとんど差がない

まずは、1990年に心理学者 Janet S. Hyde らが発表した研究についてです。

この研究は、それまで発表されていた100件以上の研究結果をまとめて分析した「メタ分析」という手法で行われています。メタ分析は、多数の研究結果を統計的にまとめる方法で、医学や心理学でも信頼性が高い研究手法として広く使われています。

その結果は、私にとって意外なものでした。

数学能力の男女差は非常に小さい。

つまり、「男子だから数学が得意」「女子だから数学が苦手」と言えるほどの差は確認されなかったのです。

さらに2008年には、Hydeらが約700万人分のアメリカの標準テストを分析した研究を発表しています。

対象人数は約700万人。

これほど大規模な研究でも、男女の数学力に大きな差は見られませんでした。

この研究は世界的な科学誌 Science に掲載されています。

参考文献・資料

Hyde, J. S., Fennema, E., & Lamon, S. J. (1990). Gender differences in mathematics performance: A meta-analysis. Psychological Bulletin, 107(2), 139–155.
DOI: https://doi.org/10.1037/0033-2909.107.2.139
PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/2138794/

Hyde, J. S., Lindberg, S. M., Linn, M. C., Ellis, A. B., & Williams, C. C. (2008). Gender similarities characterize math performance. Science, 321(5888), 494–495.
DOI: https://doi.org/10.1126/science.1160364
PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18653867/

それでも数学オリンピックや物理オリンピックでは男子が多いのはなぜ?

ここで疑問が残ります。

もし平均的な数学力に差がないのであれば、なぜ数学オリンピックや物理オリンピックでは男子が圧倒的に多いのでしょうか。

この議論でよく紹介されるのが、Greater Male Variability Hypothesis(男性能力分布仮説)です。

この仮説は、「男女で平均的な能力に差がある」というものではありません。能力の「ばらつき(分散)」に男女差がある可能性を考える仮説です。

つまり、平均点は男女でほとんど変わらなくても、男子の方が能力の分布の幅が広い可能性があるという考え方です。

なお、この仮説は現在も研究が続けられており、すべての研究者の間で一致した結論として受け入れられているわけではありません。

つまり、

  • 最上位層にも男子が多い
  • 最下位層にも男子が多い

という分布になる可能性があります。

数学オリンピックや物理オリンピックのように、「最上位だけ」が集まる大会では、男子が多く見える理由の一つとして、この仮説が挙げられています。

ただし、ここで大切なのは、この仮説だけで全てを説明できるわけではないということです。

日本情報オリンピックを調べてみると、少し違う景色が見えてくる

日本数学オリンピックで男女比を調べてみようと思ったのですが、日本数学オリンピックでは参加者の男女比が継続的に公開されていませんでした。

一方で、日本情報オリンピック(JOI)では、一次予選の参加者数や男女比が毎年公開されています。

そこで、公開されているデータをもとに参加者の推移をグラフにしてみました。

JOI参加者男女比グラフ

日本情報オリンピックでは、現在でも参加者の大半は男子です。

しかし、グラフを見ると分かるように、女子の参加割合は少しずつ増えています。

もし能力だけが理由なのであれば、ここまで参加割合が変化するでしょうか。

もちろん、これだけで能力とは無関係だと結論づけることはできません。

ただ、能力だけでは説明しきれない要因がある可能性を考えさせられます。

環境や周囲の雰囲気によって、「挑戦してみよう」と思う女子が少しずつ増えてきた結果なのかもしれません。

社会や文化、そして「自信」も理系分野への挑戦に影響している

ここまで見てきたように、能力だけでは現在の男女比を説明することはできません。

そこで次に、「どんな分野を学びたいと思っているのか」という点を見てみます。

OECDが公表しているデータでは、15歳の時点で大学でSTEM(科学・技術・工学・数学)分野を学びたいと考えている割合は、多くの国で男子の方が高くなっています。

STEM進学希望割合グラフ

ただし、この差は国によって大きさが異なります。

日本だけが特別なのではなく、男女差が小さい国もあれば、大きい国もあります。

このことからも、「理系に進む割合」は、生まれつきの能力だけではなく、教育や文化、社会環境などの影響を受けている可能性があると考えられます。

そのことを裏付ける研究として、2008年に経済学者 Luigi Guiso らは、OECDの国際学力調査(PISA)のデータを分析しました。

その結果、男女平等が進んでいる国ほど、数学の男女差が小さいという結果が得られました。

つまり、数学の男女差は、生まれつきの能力だけではなく、教育や社会、文化の影響も受けている可能性があるということです。

翌2009年にはHydeらも、国によって数学の男女差は大きく変わることを報告しています。

さらに、OECDが2015年に公表した報告書では、学力だけではなく、自信(confidence)や周囲からの期待、教育環境が進路選択に大きく関わることが指摘されています。

数学や科学の成績が同程度であっても、女子の方が自分の能力を低く評価しやすい傾向があり、それが理工系分野への進学にも影響している可能性があるのです。

つまり、

  • 教育
  • 社会
  • 文化
  • 自己効力感
  • 周囲の期待
  • ロールモデルの存在

こうしたものが複雑に重なり合って、理系分野の男女差につながっているのかもしれません。

生まれつきの能力差だけでは説明できない。

それが、研究や国際機関の報告書を読んで私が感じたことでした。

参考文献・資料

Guiso, L., Monte, F., Sapienza, P., & Zingales, L. (2008). Culture, Gender, and Math. Science, 320(5880), 1164–1165.
DOI: https://doi.org/10.1126/science.1154094
PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18511674/

Hyde, J. S., & Mertz, J. E. (2009). Gender, culture, and mathematics performance. Proceedings of the National Academy of Sciences, 106(22), 8801–8807.
DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.0901265106
PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19470640/

OECD. (2015). The ABC of Gender Equality in Education: Aptitude, Behaviour, Confidence. OECD Publishing.
公式ページ: https://www.oecd.org/en/publications/the-abc-of-gender-equality-in-education_9789264229945-en.html

参考文献を読み進めるうちに、私の考え方は少しずつ変わっていきました

私自身、囲碁や将棋の世界では男性の活躍が目立つことから、「やはり男性の方が理系的な思考に向いているのかな」と思い込んでいた時期がありました。

将棋の世界では、「棋士」と「女流棋士」は制度が分かれています。

棋士:奨励会三段リーグを突破して四段になった人
女流棋士:女流棋戦を中心に活動する別制度のプロ

女流棋士として活躍する女性は多くいますが、奨励会三段リーグを突破して四段となる、いわゆる棋士になった女性は、これまで存在していません。

もちろん、それだけで能力の差とは言えません。

男性が大多数を占める環境で戦い続けることには、実力以外の難しさもあるからです。

将棋の世界でも、理系の研究室でも、男性が多数派の環境で学び、競い続けることは、能力とは別の難しさがあるのではないかと思います。

だから私は、「女性が少ない」という事実は、能力だけではなく、挑戦しやすい環境づくりとも関係しているのではないかと思っています。

娘は東京大学理系を目指しました。

娘が、「女だからできない」と言ったことは一度もありません。

むしろ私が、「やっぱり男の子はすごいねぇ」と何気なく言うとき、少し怒ったような顔をすることがありました。

好きだから学ぶ。

面白いから挑戦する。

娘にとっては、それだけだったのだと思います。

もし途中で、「女の子だから理系には向いていない」そう思い込んでしまっていたら、娘は東大理系に進んでいなかったかもしれません。

論文を読んで感じたこと

「男性の方が理系に向いている」と、一言で結論づけられるほど単純な話ではないことが分かりました。

平均的な数学力には、ほとんど差がない。

一方で、最上位層では
男子が多いという研究もある。

しかし、その理由は能力だけでは説明できません。

教育。
文化。
社会環境。
本人の興味。
そして、自分ならできると思える気持ち(自己効力感)。

さまざまな要素が重なり合って、現在の状況が生まれているのだと思います。

好きだから挑戦する。

子どもたちが、「男だから」「女だから」と可能性を決めつけられることなく、自分の「好き」を大切にしながら挑戦できる社会であってほしい。

地方から娘を東京大学へ送り出した母として、私はそう思っています。

「男の子の方が理系に向いている」は本当? 研究論文を読んで分かったこと

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